日本国有鉄道、国鉄。
戦後間もない昭和24年(1949年)、それまで運輸省が行ってきた国営の鉄道事業を、「公共企業体」という形で独立採算制で運営することを趣旨に発足しました。

その後、太平洋戦争後の混乱期、高度成長期の運輸需要増大に対応しつつ、昭和30年代までは黒字経営を維持することができましたが、その後、昭和40年代からは自動車輸送の台頭もあり赤字経営となる一方、運賃の改定は思うように進まず、また労使問題も混沌として経営のスリム化が図られることもなく、赤字がどんどん膨らんでいきました。

昭和50年代になると、債務増加が止まらない状況で、抜本的な見直しが必要となるなか、昭和60年代初頭には分割・民営化による改革の他ない、という結論から、昭和62年3月末をもってJRグループ各社へ移行し、38年間の歴史に幕を閉じました。

その「国鉄」の誕生から終焉までを、これまた国鉄時代を通して技術職(車両系)に従事し、民営化後のJR九州初代社長に就任した筆者により記されたのが、今回ご紹介した『国鉄−「日本最大の企業」の栄光と崩壊』であります。

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本書は戦後の混乱期の輸送状況から始まり、公共企業体としての国鉄が設立された過程を紹介します。
その後、高度成長期の輸送需要拡大への対策から、輸送手段の多様化による輸送シェアの減少、そしてそれと並行的に発生する労働問題、その後最後の20年間の財務的にも、輸送サービス的にも衰退していく国鉄の姿を記しています。
その後、民営化に至る経緯、そして民営化後の新会社(特にJR九州)の運営をいかに軌道に乗せるか、といったところが、これらを通じて関わってきた著者本人の経験も随所に交えながら記されています。



個人的に興味深かったのは、「第5章 鉄道現場と労働組合」でしょうか。
ここでは一章丸ごとを国鉄に関わる労働組合と労働問題に割き、複数の組合が存在していた国鉄の労働組合について、主要な組合の経緯や活動経歴などを紹介していました。

「国鉄労働組合(国労)」、「鉄道労働組合(鉄労)」、「国鉄労働者労働組合(動労)」、「全国鉄動力車労働組合(全動労)」・・・それぞれ名前は聞いたことのある組織ではありましたが、それぞれの成り立ちや関係性などは、これまで深く知ることがありませんでしたが、本書でそれらが理解できた、という意味では今回通して読んだ価値があったな、と感じました。

また、著者は国鉄のいわゆる「キャリア組」として採用されましたが、その「キャリア組」の採用から配属、そしてその後のキャリア形成についても、本人の経験も交えて記しており、今は無き「国鉄」という組織の「労」「使」双方の状況が分かるという意味でも、面白かった内容でした。



一方、著者は本書で貨物輸送についても多くのページを割いて言及しており、国鉄時代の経営悪化の要因が貨物輸送であったこと、そして我が国の経済成長、安全保障、そして環境問題に対応するために、高速鉄道システムによる貨物輸送、具体的には「新幹線物流」の実現を本書で提案しています。

新幹線による貨物輸送、管理人の個人的な感想を記せば、数年前までは見向きもされない領域だったと思いますが、コロナ禍で旅客輸送が激減するなか、持続可能な鉄道運営の観点から、空いた旅客スペースを荷物等の輸送に充てる、「貨客混交輸送」の事例が、ここ数年、特にコロナ後に増えてきており、その中でも新幹線を活用した「貨客混交輸送」も、社会実験の段階が多いものの、増えてきているのは実感しています。

そういう意味では、著者の記す「新幹線物流」は、その規模はともかく、今後一定程度実現していくのではないか、と考えると少しは先見の明があった、とも評していいのかも知れません。



先日、JR東海の第2代社長を務め、その後も会長、名誉会長を歴任された葛西敬之氏が亡くなりました。
弊社名誉会長 葛󠄀西敬之 逝去のお知らせ|JR東海プレスリリース

葛西氏とともに、後にいわゆる「国鉄改革三人組」と称された、国鉄分割民営化に実務で尽力した松田昌士氏もも既にお亡くなりになっており、国鉄の衰退、改革、そして分割民営化直後の事業運営に携わってきた方々も、鬼籍に入られつつあることに、時代の流れ、特に国鉄民営化から相当の年月が経っていることに気がついてるのは、決して私だけではないはずです。

本著の著者、石井幸孝氏も1932年生まれで、今年90歳となります。
ご本人はまだお元気そうに見受けられますが、これとて寿命があることですから、著者ご本人が健在である今のうちに、国鉄と人生をともにした方による書籍は、例え個人的な見解が少なからず含まれようとも、後世への貴重な資産になるのではないか、と読み終えて感じました。

1987年の分割・民営化から35年。
あと3年もすれば分割民営化後の時代が、国鉄の時代よりも長くなってしまいます。
「国鉄は遠くになりにけり」となりますが、そんな今だからこそ、新書というコンパクトな形で、国鉄の歴史を網羅した一冊が生み出されたことの意義を感じ、今回ご紹介した次第です。



【参考リンク等】
【書評】『国鉄 「日本最大の企業」の栄光と崩壊』石井幸孝著 有事は貨物 国境4線守れ - 産経ニュース

国鉄―「日本最大の企業」の栄光と崩壊 -石井幸孝 著|新書|中央公論新社





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