阪和線の沿線から

阪和線沿線に住まう管理人による、鉄道やバスなどのブログ。

今日の乗車記録

砂川駅前(0748)〜岩出駅前 樽井岩出線 3名(南海)
岩出駅前(1835)〜砂川駅前 樽井岩出線 1名(那賀)

今日の乗車記録

砂川駅前(0748)〜岩出駅前 樽井岩出線 1名(南海169)
高瀬(1840)〜砂川駅前 樽井岩出線 1名

今日は岩出のオークワに寄って帰りますので、高瀬バス停からの乗車になりました。

「完全復興」はいつなのか?

今日は1月17日、阪神大震災から10年。
ところで、大震災から復興したというのは、いつのことを指すのでしょうか…
こんな疑問を感じたのは、家の人から素朴な疑問として聞かれたにもかかわらず、明確な答えを出すことができなかったからです。
道や鉄道といったインフラは比較的早く復旧しました。ビルやマンション、個人の住宅も時間はかかりましたが、かなり新しく建ってきました。
ですが、震災復興の為に新たに借金した人にとってはまだ復興したとは言えないでしょう。
ましてやこの震災で大事な人を失った人にとっては十年経ったから復興したとかそんな気持ちにはなれないのではないのでしょうか…
また、街の姿は元に戻ってきたとしても、その街の活力という面では、震災前のそれを取り戻したとはまだ言えないでしょう。
そう考えると、完全に復興するのはまだまだ先、いや、そもそも完全に復興するという考え方が間違いで、復興というのは終わりのないものなのかも知れません。また、「いついつに復興」と期間を区切ること自体に意味が無いのかも知れません。

あのころ私はどこで何をしていたか・・・

明日は阪神大震災発生から10年。この日を忘れない、そして10年の節目を迎えるイベントがいろいろあるようです。

ところで、10年前の私はどこで何をしていたか。
当時、私は堺市内に在住で、神戸の大学に通っていました。
1月17日は、丁度ドイツ語の小テストがある日で、5時30分頃に目が覚めたのですが、しばらく布団の中でうずくまっていたら、突然地震がおこり、あわててテーブルのしたに駆け込みました。
で、即座にテレビをつけると、地震速報がやっていました。確か大阪の震度が5だったと思います。
最初、神戸の震度が6と出ていましたが、しばらくして神戸の震度が出なくなりました。あれれ?と思いつつ、テレビを見続けていると、阪神高速道路が倒壊し、あちこちで火事が発生しているあの映像が映し出されました。
「こりゃあかんわ・・・」勿論電車に乗って大学に行こうとは考えなくなりました。
その時は、近畿の電車はほとんど止まっていたようです。要するに、行こうと思っても行けなかったわけです。

その後、大学から郵便が送られてきて、後期の単位についての取り扱いをどうするかということが書かれていました。
後期試験は、とてもじゃないけど実施できる状況ではありませんでしたので、レポート提出でOKの科目、出席回数を考慮して単位を付与する科目、色々でした。
レポートだけでOKだからといって、ラッキーとは全く思えませんでした。
そのレポート提出も、郵送では不安なので、直接大学に持っていきました。
その時にいわゆる「被災地」をじかに歩いた訳です。不思議な気分でした。梅田から30分ほどで、こんな状況になっているのか、と。
当時は阪神電車が御影まで運行していて、これが一番大学に近かった(それでも御影の駅から1時間ほど歩きました)のですが、電車の乗客には会話らしい会話が無く、電車のモーター音と到着駅のアナウンスだけが響いていたのをなぜだか強く覚えています。
レポート提出後、代替バスで西宮北口まで向かいましたが、阪急御影から西北まで2時間近くかかったのではないかと思います。バスの中で居眠りして目が覚めてもまだ、芦屋の市内で渋滞に巻き込まれていました。

とまあ、当時の記憶をたどってみました。

明日、あの一瞬にお亡くなりになった方のご冥福をお祈りして、黙祷を捧げたいと思います。

ニノミヤ営業再開

050115_1203~0001.jpg今日から営業再開したニノミヤ阪南店に行ってきました。他の用事のついでに併設のレンタル店でビデオを借りに行きました。
ニノミヤの電気売り場にも行きました。心なしか商品が減っているような気がしました。入り口には警備員が二人いました。無用の混乱を避ける為でしょう。
感想としては、保全命令前と同じ感じでした。従業員の動揺も感じられませんでした。ただ、携帯コーナーでドコモの機種変ができなくなっていたりと、影響がある面も見受けられました。
ともかく、関西地盤の電気屋としてこれから立ち直ってもらわないといけません。再生を見守る一方で、少しでも再生に手助けできれば、と空MDを買ってきました。ニノミヤはん小さなことからコツコツでっせ。

震災特番に思う

阪神大震災の発生からもうすぐ10年になります。
10年の節目を振り返ろうと、各テレビ局では震災特番がここ数日から増えてきています。
ニュース番組を拡大したり、震災での感動物語をドラマで再構成しているもの、色々です。確かに10年経ったので、こういう感動物語も受け入れる事ができるのかなと思いました。
ですが、やはり私は当時の報道体制が果たしてよかったのか、そしてその反省をその後生かしているのかの検証番組を是非やってほしいものです。
前にも書きましたが、新潟県中越地震の時もマスコミの報道体制は決してほめられるようなものではなかったと思います。そういう大規模な災害が初めてならともかく、10年も前に大震災が起こっているにもかかわらず反省が見られていないのは問題があると思います。
自治体の危機管理体制、建造物の耐震対策、災害時ボランティアの体制等、阪神大震災をきっかけに改善されたものや、改善途上のもの、問題が残ったもの、ひっくるめてあれこれ報道されています。
では、災害時のマスコミの報道体制については震災後、どのような見直しがなされたのか、またどんな問題が残っているのか?
新潟県中越地震という直近の事例もあるわけですから、是非とも自己検証してほしい!いやしなければ詐欺だ!とも思います。
自己検証しないようでは、「所詮マスコミはこんなもの」と思われても仕方がないと思います。
マスコミの皆様、ここはマスコミ魂を見せてみようではありませんか!

追伸(というのか?):カテゴリーに「阪神大震災から10年」を追加しました。

今日の乗車記録

砂川駅前(0748)〜岩出駅前 樽井岩出線 2名(南海169)
岩出駅前(1800)〜砂川駅前 樽井岩出線 6名(南海169)

今日は久々に近大経由の便で帰宅します。おそらく今年始めてではないかと思います。
案外岩出駅前からの乗車が多いのは気のせいかな?途中の根来で二人が降りていきましたが、他は砂川駅前以遠の乗車です。

プロジェクトX挑戦者たち

今日の乗車記録

砂川駅前(0748)〜岩出駅前 樽井岩出線 1名(南海169)
岩出駅前(1835)〜砂川駅前 樽井岩出線 2名(那賀83)

昨日、火曜日に放送のあった「プロジェクトX」を見ました。内容は、阪神大震災で落下したJR神戸線の六甲道駅を3ヶ月もしないうちに復旧させたお話でした。
震災直後は復旧に二年はかかると言われていたのが、あっという間に復旧された印象でしたが、実はあんな苦労があってんなあと、感動した45分でした。
もうすぐ阪神大震災から十年ですね。これについてはまた改めて書かせていただきます。

と思ったら…

帰りのバスが岩出駅前を5分早く出ていたということで、途中の根来(三分の一位の地点)から岩出駅前まで戻って乗せ損ねた客がいないか確認。おかげで15分程のロスです。
私も気づいて運転手に進言すれば良かったのですが、あまりにも普通に発車したので、てっきり時間変更があったものか、と…
ところでこれを毎日新聞とかにチクると、記事にしてもらえるでしょうか?(笑)あら探しの大好きな新聞社ですから、実現の可能性もなきにしもあらず?

ほんまに「改装中」?

砂川駅前(0748)〜岩出駅前 樽井岩出線 3名(南海169)
岩出駅前(1835)〜砂川駅前 樽井岩出線 4名(那賀83)

通勤途上にあるコンビニが、改装中の張り紙を出して少なくとも一週間以上が経っていますが、工事に入っている気配が全くなし。何か別の理由があるんやないかと推測するのは考えすぎでしょうか?
そういやこれまた通勤途上にあるファッションホテルも改装中の看板を出したまま去年の夏頃から休業しています。どちらも、だだの「改装」ではなさそう…真相の程はいかに?
当ブログのTwitterアカウント
ブログ「阪和線の沿線から」のツイッターアカウントです。更新情報の通知やコメントの受付などはこちらのアカウントをフォローして下さい。
記事検索
「鉄道コム」登録ブログはこちらをクリック
鉄道コム
Archives
Categories
にほんブログ村
PVアクセスランキング にほんブログ村
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ