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▲大阪市交通局60系

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▲大阪市交通局30系


こちらのエントリーでご紹介したように、一昨日の5月4日に開催された「なつかしの車両公開イベント」に展示された60系・50系・30系には、引退当時の広告がそのまま掲示されていました。

これらの広告ですが、1994年(平成6年)頃の広告のようでありましたが、まさかこれらの時代の広告がそのまま残っていたとは、想像だにしていませんでした。

当時の様子がまざまざと蘇ってくるこれらの広告。
当時の世相が分かるものも多数有りましたので、ここでご紹介したいと思います。
なおここでは、掲出車両別ではなく、広告出稿のジャンル別にご紹介します。

●カメラ店:
当時は「ヨドバシカメラ」「ビックカメラ」なんてものはそもそも大阪市内に店舗すら存在していませんでした。
地下鉄に掲出されていた広告は、専らカメラ専門店のそれでありました。
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▲河原写真機店、カメラのなにわ

「カメラのなにわ」は、現在でも営業していますが、こんなある意味「濃い」広告は今は見ることはありません。
参考:カメラのナニワ|カメラ買取・販売専門店のナニワグループ

河原写真機店は、現在は既に閉店している模様で、Web上で店舗等の営業案内を見つけることはできませんでした。
河原写真機店は、当時住んでいた泉ヶ丘のショッピングセンター「パンジョ」内にも店舗を構えていたのを覚えています。

●デパート等:
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▲ビブレ

現在は消滅した「マイカル」グループのうち、百貨店に近い店舗形態が「ビブレ」として展開されていました。
「ビブレ」ブランド自体は現在も存続していますが、店舗数は当時に比べて大幅に整理されているので、この当時は、「ビブレ」といいますか、「マイカル」グループ自体が栄華を誇っていた時代であるといえるでしょう。

当時の店舗網
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当時の店舗数は27。
しかも、和歌山にも店舗があったというわけですが、これまた驚きです。
当時の「和歌山ビブレ」は、ぶらくり丁商店街の一角に出店していました。
(建物は既に建て替えられています。)

●英会話学校:
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英会話「NOVA」。
「NOVA」自体は現在もありますが、これは経営破綻後、新しい体制で運営を引き継いだものであります。
参考:駅前留学NOVA【公式】英会話スクール・英会話教室

当時は、「NOVA」をもじった「農婆」がテレビで駅前留学するというCMが多く流れていました。
車内広告にも出てきていました。
「NOVAうさぎ」が出てくる、更に前の時代でありました。

●遊園地:
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▲宝塚ファミリーランド

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▲ひらかたパーク

宝塚ファミリーランドは、かつて阪急宝塚線沿線にあった遊園地でしたが、2003年(平成15年)に閉園しました。
一方、ひらかたパークは、現在も京阪沿線に存在していますが、当時の催し物が「セーラームーン」などと、時代を感じます。

●PC・家電等:
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▲ソフマップ

今もソフマップは日本橋筋にあるにはありますが、この広告の店舗(堺筋線恵美須町駅北出口すぐ)とは異なる店舗のようです。
参考:なんば店|ソフマップ[sofmap]

何より、ロゴがまだ90年代半ばのデザインで、こちらも時代を感じさせます。


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▲光磁気ディスクの三菱化成

いわゆる「MO」の広告です。
当時は持ち運び可能で大容量な記憶媒体だったMO、製造会社が車内広告を出せる時代でありました。
現在はこの三菱化成もMOディスクの製造は終了しているとのことです。

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▲AIWAのテレビデオ
オーディオ・ビジュアルの電気製品を製造・販売していた「AIWA」ブランドですが、2000年代初頭には一旦姿を消しました。
現在はソニーの子会社として復活している模様ですが、この当時は消滅前のものであります。
地デジ・HDDレコーダーが当たり前になった今、「テレビデオ」というのも懐かしいですね。


●通信:
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▲KDD(国際電信電話株式会社)の西田敏行さんによる国際電話の広告。
当時、国際電話には新規参入の企業もありましたが、まだKDDが大きなシェアを有していたようですが、こういった広告も展開し、新規参入各社への流出を食い止めようとしていた時代でありましょうか。

このKDDですが、DDI・IDOと合併し、現在は「KDDI」となっているのは、周知の通りであります。


●金融:
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▲東京銀行
かつて日本には、20近くの都市銀行が存在していました。
この「東京銀行」もその一つであります。
大阪を拠点とする当時の住友銀行や三和銀行に比べると、営業力が弱いというところもあったところも、こういった広告出稿につながっていたのかも知れませんね。

ちなみにこの「東京銀行」はその後、三菱銀行と合併し「東京三菱銀行」、そしてUFJ銀行(三和銀行と東海銀行が合併したもの)と合併して「三菱東京UFJ銀行」、その後「三菱UFJ銀行」と改称され、現在に至っています。

●タバコ:
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▲「ネクスト」タール1mg

現在、タバコの広告を目にする機会は大きく減っており、車内で見かけることは無いものと考えられます。
また、注意書きも、現在はパッケージに大きなスペースで書かれるようになり、またその文言も健康を害する等、かなり具体的な健康被害に言及していますが、この当時は右上にあっさりと書かれているだけで、現在のように目立つものでは決してないところ、時代が大きく変わっていることを感じますね。

●週刊誌:
現在もあるのかも知れませんが、週刊誌の広告は、当時はかなり多かったように記憶しています。
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▲写真週刊誌「FOCUS」の広告。
「FRIDAY」「FLASH」と並んで、当時の写真週刊誌のひとつであった「FOCUS」。
2001年に休刊となりましたが、このような写真週刊誌が3誌あり、毎週発行されていた、という時代でありました。

時代、といえばこの号の見出しの一つであります。
「男もとれる「育児休暇」第1号は35歳地方公務員」
現在は、男性の取得率を向上させようとしている育児休暇でありますが、この当時は初めて男性が育児休暇を取る、そしてそれが写真週刊誌の記事になるという、そんな時代でありました。
あれから25年、男性の育児休暇がどこまで取れるようになったのか、この広告を見ながら少し考えてしまった次第であります。

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▲男性向け情報誌「POPEYE」。
現在も発行が続いていますが、たまたまではありますが、なかなかに際どい内容ではありますが、こういう広告も出ていた、そんな時代でありました。
もう一つ、携帯電話が特集されている記事がありますが、写真で掲載されている機種に、これまた本当に時代を感じますね・・・
(恐らくIDO・セルラーのアナログ機種だと思われます。)


●鉄道事業者関連:
いよいよ鉄道事業者関連の広告です。
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▲JR西日本 関空特急「はるか」
1994年9月4日の運行開始時、そして石坂浩二さんがパスポートを持った姿の広告です。

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▲南海電鉄 空港特急「ラピート」
一方の南海電鉄は、レギュラーシートのお得感、そしてスーパーシートの、現在で言うところの「コスパ」を強調した広告となっています。

あれから約25年。「はるか」も「ラピート」も、塗色は期間限定で変わりつつも、大きく姿を変えずに走っているというのもスゴいですね。
(「はるか」に関してはそう遠くないうちに変化もあり得そうですが…)

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▲JR西日本 シュプール号
1994年から1995年にかけてのJR西日本のスキーヤー向け臨時列車「シュプール号」の広告です。
鉄道ファンにとっては、専ら電車(583系・485系)、気動車(キハ181系・キハ65系エーデル)、客車(20系)と多彩な車両が記憶に残るシュプール号であります。
1980年代後半から1990年代前半にかけては、冬の行楽としてスキーが現在以上に流行していて、シュプール号でも、このようにアイドル(このシーズンは西田ひかるさん)を起用した広告が展開されていました。
運行形態も、「白馬・栂池」「妙高・志賀」「苗場・湯沢」「立山」「神鍋・鉢伏」と多彩な行先が設定されていました。

このシュプール号も、スキー人口の減少に加え、高速道路の整備が重なり、年々利用者が減少し、2000年代初頭には運行が終了しましたが、当時はJR西日本の中でも力を入れていた商材であったことを示す広告であるといえるでしょう。

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▲大阪市交通局 地下鉄・ニュートラム路線図
広告ではありませんが、こちらもやはり忘れてはならないのが、車内広告と並んで掲出されていた路線図。
ほぼ現在のOsaka Metroネットワークができあがっていますが、中央線・大阪港〜ニュートラム・中ふ頭間、長堀鶴見緑地線(当時は「鶴見緑地線」)京橋〜大正間が工事中路線となっていました。
今里筋線は、「工事中路線」としてさえも描かれていなかった時代のものであります。

また相互直通運転についても、中央線は生駒まで(現在は学研奈良登美ヶ丘まで)でありました。


●野球選手:
最後にこちら。
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常磐薬品「ビタシーゴールド」
現在も常盤薬品から販売されている「ビタシーゴールド」。
ビタシーゴールドD - 製品情報|常盤薬品工業株式会社(ノエビアグループ)

注目は、その広告起用キャラクターで、西武ライオンズ時代の清原和博選手であります。
その後、読売ジャイアンツ、オリックス・バファローズに移籍しましたが、その後覚せい剤取締法違反で逮捕されるとは、誰が予想していたでしょうか…


以上、Osaka Metro・森之宮検車場で展示されていた車両に掲出されていた、1994年頃の広告をご紹介しました。

これらの広告が掲出されていた当時、私は大学生でしたが、通学で大阪市営地下鉄を利用していました。
当時もこのような車内広告を目にしていたはずですが、まさか約25年を経て再び目にして、当時の様子を少し思い出しながら、感傷に浸ってしまいました。
それが故に、これだけの記録を撮影してしまったわけですが、今回展示の車両にはこれ以上の広告が掲出されているので、仮に次回、これらの目にすることができれば、それこそひたすら当時の広告を記録するのもありなのかな、とも思った次第であります。


思わず遭遇することができた約25年前の広告、当時の記憶をたどりながら、タイムスリップした気分になった展示でありました。




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