JR西日本の2022年2月の社長会見において、「ローカル線に関する課題認識」として、同社の抱えるローカル線の現状と今後の検討について、発表がありました。

2022年2月社長会見 1.営業・輸送概況 2.特急「やくも」への新型車両の投入 3.「DISCOVER WEST mall」開設 :JR西日本

ポイントは以下のとおりです。

【ローカル線を取り巻く環境の変化】
沿線人口の減少、少子高齢化が進行
道路整備や道路を中心としたまちづくりが進展してきた。

【ローカル線に関する課題の認識】
輸送密度(※)2,000人/日未満の線区では、大量輸送機関としての鉄道の特性が発揮できていないと考えられ、一事業者の経営努力だけで維持してくことは非常に困難。
・また、コロナ禍による社会の行動変容が急激に進む中で、鉄道全体の利用が元に戻らないことが想定される。
地域交通の問題は、鉄道のみならずバス、タクシーなどを含めて厳しい状況であり、同社の課題である一方、地域社会全体の課題でもある。
(※)輸送密度:利用者の1日1kmあたりの人数。
計算方法は以下のとおりです。
年間輸送人キロ÷営業キロ÷365日(閏年は366日)
(出典:輸送密度 | 鉄道用語事典 | 日本民営鉄道協会



【ローカル線に関する今後の進め方】
・鉄道の特性が発揮できていない、輸送密度2,000人/日未満の線区を対象に、線区ごとの特性や移動ニーズを踏まえ、現状と課題を地域の自治体と共通し、今よりも利用しやすく、まちづくりにあわせた最適な交通体系を地域とともに模索し、実現していきたい。
・より具体的な議論に向け、輸送密度2,000人/日未満の線区の経営状況に関する経営状況に関する情報を開示を検討し、4月にはその内容を公表できるように準備したい。

【発表資料等】
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▲ローカル線に関する課題の認識
(上記発表資料内PDF(https://www.westjr.co.jp/press/article/items/220216_07_kaiken.pdf)より引用)

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▲JR西日本在来線の線区ごとの利用状況(2019年度実績)
(上記発表資料内PDF(https://www.westjr.co.jp/press/article/items/220216_07_kaiken.pdf)より引用)

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▲2019年度の輸送密度2,000人/日未満の線区
(上記発表資料内PDF(https://www.westjr.co.jp/press/article/items/220216_07_kaiken.pdf)より引用)


詳細は、上記発表資料をご覧下さい。



JR西日本は、新潟県から福岡県にかけての広いエリアを営業エリアに有する鉄道事業者です。
一方で、鉄道の有する特性である「大量高速輸送」が発揮できる線区が、山陽新幹線と京阪神エリアの在来線、関西・中部〜北陸の特急列車等に限られています。
同じJRグループ本州他社のような、東海道新幹線(JR東海)や首都圏エリア(JR東日本)のような収益性の高い線区を有しているわけでもないことから、民営化時点から厳しい経営が予想されていました。

そんな事情は十分承知の上で、JR西日本では山陽新幹線及び京阪神エリアの収益性向上を図ってきました。
具体的には、山陽新幹線では100系「グランドひかり」や500系「のぞみ」の導入による更なる高速化に、京阪神エリアでは221系・223系等の投入によるスピードアップと居住性向上により、競合交通機関(航空、民鉄等)から利用者を獲得する、というものでありました。

こういった施策は、様々な要因でその都度見直しが行われつつも着実に成果を挙げ、これまでに至るまで、山陽新幹線及び京阪神地区の都市圏輸送が、同社の収益の要となっていることは、周知のとおりでありましょう。


一方でこの間、残りの線区のうち、元々利用者の決して多くなかったローカル線については、キハ120形の導入や、新型特急車両による高速化、快適化などを実施し、輸送改善に努めてきたわけですが、その一方で沿線人口の減少、そして少子高齢化による若年層(具体的には高校生)の利用者の減少が続いてきました。

加えて、高速道路や国道バイパスの建設、そしてそれに伴う公共施設や商業施設の幹線道路沿いへの集積といった、まちづくりの方向性から、かつては既存の鉄道駅に集積されていた沿線住民の生活機能を維持する施設の多くが、移転してしまうということも、この30年で進んできました。

こういった状況により、元々利用者の少なかったローカル線は、更なる利用者の減少が続くこととなり、現在では同社の30線区で、鉄道の特性を発揮できない程度の利用に落ち込んでいる、という実態があります。


加えて、このコロナ禍で、上述した収益源である山陽新幹線及び京阪神地区在来線でも大幅な収入増に見舞われ、加えてコロナ禍後であっても在宅勤務等の普及で、輸送需要が元に戻るとは考えられない状況となっており、これまでどおり、同社の収益をローカル線区に充当して維持する、ということが今後難しくなってくることは、容易に考えられます。

コロナ禍後に利用者が回復しないことは、これらローカル線においても同様であると考えられ、更なる利用者の減少が見込まれるなか、もはや同社が単独でこのローカル線を支えていくことは困難な状況となったといえるのではないか、ということです。


今回の発表では、輸送密度2,000人/日未満の線区について、より利用しやすい、最適な交通体系を実現していくことを考え、そのためにローカル線区に関する経営状況(収支状況)を開示したいということであります。

上記資料に掲げた線区の利用状況を見てみると、やはり「今まで鉄道で維持できてきたことが奇跡」とも思える線区も少なくありません。
逆にいえば、こういった現状がありながら見過ごしてきた地域の側にも、やはり一定の責任はあるわけで、今回の見直しへの議論を、地域の側からJR西日本に対して無責任な姿勢、というのは、やはり筋違いと考えざるを得ません。

今後、これらローカル線区に関する経営状況が開示され、鉄道維持に対する具体的な負担が見えてくると、様々な意見も出てくるかと思います。
一方、これら線区の沿線人口や道路等のインフラ整備状況から、鉄道をこのまま維持することが、果たして交通体系の維持という面では持続可能性があるのか、真剣に議論していく必要があるかと思います。



ところで、今回発表のあった30線区の中には、和歌山県内を走る紀勢線の白浜〜新宮間も含まれています。
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▲古座川橋梁(古座〜紀伊田原間)を通過する283系「くろしお」

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▲日置川橋梁(紀伊日置〜周参見間)を通過する287系「くろしお」

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▲白浜駅に停車中の新宮発紀伊田辺行き普通列車

白浜以北の輸送密度は、コロナ禍前の実績は8,222人/日(出典:「データで見るJR西日本2020」)であるのに対し、白浜以南は1,085人/日と、鉄道としての特性が発揮可能な水準の2,000人/日のおよそ半分の利用しかない状況となっています。

一方、将来の人口をみた場合、当該線区の沿線自治体となるすさみ町、串本町、太地町、那智勝浦町、新宮市の各市町の将来推計人口は、2030年には以下のとおりなることが推計されています。

<2015年人口と2030年将来推計人口比較>
【すさみ町】
4,127人→2,729人(▲33.9%

【串本町】
16,558人→12,006人(▲27.5%

【太地町】
3,087人→2,375人(▲23.1%

【那智勝浦町】
15,682人→11,487人(▲26.8%

【新宮市】
29,331人→22,785人(▲22.3%

出典:
概要のデータ- 日本の地域別将来推計人口(平成30(2018)年推計)|国立社会保障・人口問題研究所




このように、いずれも3割近い人口減少の推計結果となっているため、単純に考えて更に3割程度の輸送密度減少が考えられますので、もはや地域交通として鉄道を維持することが、果たして望まれる姿なのか、ということを事業者と沿線自治体及び住民でしっかり話し合い、その上で結論を見いだす必要があるかと思っています。


また、この沿線では、既に高規格道路として「紀勢自動車道」がすさみ南インターチェンジ(最寄り駅・江住(えすみ))、そして「那智勝浦新宮道路」が新宮市三輪崎(最寄り駅・三輪崎(みわさき)〜那智勝浦町市屋(最寄り駅・太地)間で開業しています。

加えて、残る区間もすさみ南インター〜串本インターチェンジ(仮称)(最寄り駅・紀伊姫)間は令和7年(2025年)春の開業予定である上に、残る串本インターチェンジ〜那智勝浦町市屋間についても、既に工事着手されていることから、そう遠くないうちに紀勢線沿線の高規格道路が全て開通することが予定されています。

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▲紀伊半島の高速道路整備状況について
(和歌山県ホームページ(https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/081300/kokikaku_d/fil/kousokudouro.pdfより引用)

これらの高規格道路の整備が全て完了すれば、紀伊半島南部への所要時間も大きく短縮されることにより、地域外からの観光等の長距離輸送に関しても鉄道の優位性が更に発揮できなくなる将来が既に予定されています。


上述のとおり、沿線人口と道路整備の観点から、紀勢線白浜以南において、もはや鉄道としての特性が発揮できない状況を具体的にご紹介しましたが、一方で「鉄道には道路にはない地図上でのアピール効果がある」「鉄道が無ければより人口流出が進んでしまう」という点で、鉄道維持の意見もあろうかと思いますし、それはそれで大事な視点だとは思います。

それならば、その維持のために必要な資金や労働力を、どのように確保するのかも加えて問われるわけで、それを、客観的に見て鉄道という輸送モードが特性を発揮できない状況のなか、それでもJR西日本一社に任せてしまう、というのは、無責任な議論、ともいえるかも知れません。

勿論、JR西日本としても、線区自体では収益が悪くとも、観光周遊ルートの構築等、ネットワークの維持という観点で鉄道路線を存続させる、という考え方もあると思います。
これまではむしろ、そういう考え方が、これらローカル線維持の理由にもなっていたかと思いますが、上述のとおり、それももはや一企業の経営状況の上では成り立たなくなる状況のなか、一体何がベターな解決策なのかを真剣に考える時期に至ってしまった、もはや避けられない状況、といえるでしょうか。


同様の問題は、こと和歌山県内の紀勢線沿線のみならずの問題でありましょうが、個人的に和歌山県内に通勤していることもあり、特に注目して取り上げてみました。

今後、4月にも今回取り上げられた30線区の経営状況が明らかになることで、より議論が進み、色々な意見が出てくるかと思いますが、それをどのようにまとめ、地域としてあるべき公共交通の姿をどのように示せるか、当ブログとしても引き続き注目していきたいと思っています。



【関連ニュースサイト】
JR西日本「輸送密度2000未満」30線区全リスト。40年ぶり路線大整理も | タビリス




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