こちらの記事で、鉄道ジャーナル2024年7月号について、特集「都市の直通運転」に関連する内容についてご紹介しましたが、この「下」では特集以外の記事のうち、「根室本線部分廃止によるネットワーク分断の問題点」(櫛田泉著、以下「本稿」。)を取り上げたいと思います。
本号の92ページから99ページまでの8ページを費やして記しているこの記事は、今年(2024年)3月31日をもって廃止となった、根室本線・富良野〜新得間(以下、「根室線廃止区間」。)について、廃止によるネットワーク機能の喪失による問題点を記した記事となっています。
しかし、読み進めるにつれて、何だか私のような素人であっても、色々を疑問を抱かずにはいられませんでした。
またこういった疑問だらけの記事を掲載した「鉄道ジャーナル」の意図にも疑問を感じましたので、以下で書き綴ってみたいと思います。
【1】「ドライバー不足」に対する疑問
本稿では、「ドライバー不足」という語句が合計で8回(※)出てきます。
(※)P92左(2ヶ所)、P93左、P95右、P96左(2ヶ所)、P96右、P99右
趣旨としては、「ドライバー不足問題が深刻化している中での北海道での相次ぐ鉄道廃止は、北海道民の生活と経済を支える上で問題は無いのであろうか」(P92左)、「バスドライバー不足の問題からバスによる地域交通の持続可能性が不透明な状況」(P96 左)等の記述からあるように、ドライバー不足によりバス・トラックが代替輸送を担えず、それにより利用者や物流に影響を及ぼす、よって根室線廃止区間は廃止すべきではなかった、という趣旨のようです。
確かに、バス・トラックドライバーについては、今年4月より時間外労働の上限規制が施行され、それによりドライバーの従事時間を短縮せざるを得なくなるのは事実でありますし、現に運転士不足で減便等の措置を行っているバス事業者の事例も多数見られます。
阪和線の沿線から : 京阪バス・アルピコ交通で都市間高速バス廃止の動き…「直Q京都号(なんば・USJ〜京阪交野市)」「長野〜松本線」が相次いで廃止に
阪和線の沿線から : 【北陸鉄道・富山地鉄】高速バス「富山−金沢線」廃止(2024.3.15限り)運転士不足による都市間高速バスの廃止がまた明らかに。
ただ、もう少し視野を広げてみますと、残業規制に対応できない原因の根幹である「労働力不足」は、何もトラック・バス業界に限った話では無いと考えられます。
現に鉄道業界でも、地方鉄道の中には運転士不足による減便を余儀なくされている事業者の事例も出てきています。
阪和線の沿線から : 【島原鉄道】鉄道運転士の退職に伴い一部減便を実施(2023.10.16〜12.15の平日)
また、規模の大きなJRグループであってもその事情は共通で、JR西日本ではコロナ禍前の2019年より深夜時間帯の列車見直しを実施し、保守作業の働き手不足に対応しようとしています。
阪和線の沿線から : 【JR西日本】深夜帯ダイヤ見直し実施を発表(2021年春実施予定)近畿エリアで10分〜30分の終電繰り上げを実施
以上のように、「2024年問題」でドライバー不足が叫ばれていることから、今後のドライバー確保に懸念があるのは確かですが、一方鉄道事業者の側でも働き手の確保が課題であるのも、これまた確かだといえます。
しかし、本稿では、バス・トラックドライバー不足のみを取り上げており、仮に根室線廃止区間を存続させた場合の鉄道事業者の働き手の確保については、特に言及がないことから、将来的な鉄道要員の確保は問題が無いのか、無いのはどういった理由なのか、といった点が疑問として残っています。
【2】「公費負担」に対する疑問
本稿では、輸送密度が低くとも根室線廃止区間とは違って線区を維持している事例として「JR東日本只見線」(P95左)、「オーストリア」(P97左〜右)を挙げています。
まず、只見線については、以下のように記されています。
只見線の事例では、災害(2011年新潟・福島豪雨)で不通となり、その後復旧を果たした会津川口〜只見間は、民営化直後の1987年年度は184人、災害前直近の2007年度は63人と推移してきましたが、上述の豪雨災害で大幅に減少し、運休時の2022年度は12人を記録しました。
しかし復旧後の2022年度は79人と、確かに復旧前よりも大幅に回復していることが分かります。
(参考)
路線別ご利用状況(1987〜2022年度(5年毎))|JR東日本
路線別ご利用状況(2018〜2022年度)|JR東日本
一方で、輸送密度が上述のとおり非常に小さい只見線を復旧させるにあたっては、福島県が第三種鉄道事業者として鉄道施設の維持管理を行う仕組みで復旧されました。
つまり、沿線住民が(利用の少ない)鉄道路線を維持するために公費(税金)を投入することに合意したからこそ、輸送密度の少ない線区でも維持されている、という事実は現に存在しています。
(参考)
阪和線の沿線から : 【JR東日本】只見線(会津川口〜只見間)の鉄道復旧に関する基本合意書及び覚書を締結
次にオーストリアの事例については、以下のように記されています。
輸送密度が500人を下回る路線でも、路線を維持することが基本的な考え方、と著者は記しているようですが(※)、このオーストリアについては、下記の宇都宮浄人氏による論文によりますと、やはり国や地方自治体による財政支援により成り立っていることが分かります。
「オーストリアにおける地域鉄道の財政支援構造」(交通学研究第62号・宇都宮浄人)
結局、輸送密度が低い鉄道を維持していくためには、当該路線の収入だけでは勿論運営費用を賄うことができず、国や地方自治体の公費(税金)を投じる必要があります。
一方、公費(税金)を投じることは即ち、沿線住民や国民の同意が必要であることは言うまでもありませんが、そういった公費負担に対する議論が本稿では全くなされないまま、利用者の少ない鉄道を維持するのが当然、という展開に、これまた私は疑問を感じました。
【3】「代替ルート」に対する疑問
平時の利用者が少ないのにも関わらず、費用負担の議論なしに路線維持を前提に展開されている点で、上述【2】にも共通するのが、この「代替ルート」に関する論点です。
著者は根室線の部分廃止により、「災害普通時に貨物列車や旅客列車の代替ルートを確保できなくなること」(P96左)を根室線を一部廃止することの懸念点の一つとして記しています(P96左)。
具体的な記述は以下のとおりです。
確かに、新得から札幌方面へ向かう際、これまで富良野経由と新夕張経由と2つのルートがありましたが、今後は新夕張経由のルートしか採ることができなくなりました。
ただ、災害による貨物列車の長期間運休はJR貨物自体も課題と考え、同社では他の事業者との連携による代替輸送体制の構築に力を入れています。
日本通運、JR貨物と「山陽線不通時のトラックによるバックアップ輸送スキーム」を構築 〜BCP対策として災害時の安定した物流サービスを提供〜 | NIPPON EXPRESSホールディングス
災害時の代行輸送力強化に向けた内航船の共同発注について|JR貨物
いくら災害時に鉄道での代替ルートが確保できるとはいっても、平時の利用者が僅少な路線を維持するくらいなら、他の事業者と災害時の代替輸送に関する協力体制を構築しておき、実際に災害による代替輸送が必要な際に協力を求める方が、コスト面はもとより、実現可能性の点でもずっと有利な方法のようにも思えるのですが、そうではなく、あくまで鉄道での迂回でなければならない論調に、疑問を感じたところです。
では仮に、鉄道による「災害不通時の代替ルートの確保」が石勝線・新得〜追分間程度の輸送量で求められるというのであれば、全国にはより輸送量が多い線区は数多く存在しており、それらの線区で全て「鉄道による迂回ルート」を確保しておかなければならない、ということにもなります。
典型的な例を一つ挙げるとなれば、青函トンネル(木古内〜奥津軽いまべつ)が考えられますが、著者の理論でいえば、それこそ「第2青函トンネル」を建設して代替ルートを用意する必要がある、ということにもなりかねませんが、このあたりを著者はどう考えているのか、疑問であります。
なお、著者は、以下の引用のように、北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線(北見〜池田)についても、迂回ルート確保の意見を述べていますが、こちらも同様に、平時はもはや鉄道として維持するだけの輸送量が残っていない路線を、迂回ルートとして維持するのであれば、その維持費用の問題は避けて通れないはずが、その点が全く触れられていないのは、やはり疑問であります。

▲北海道新幹線(津軽海峡線)・青函トンネル入口広場(奥津軽いまべつ〜木古内・2023年9月管理人撮影)
【4】「事業者の適切性」に対する疑問
著者は、本稿を通じて「JR北海道が北海道は鉄道運営を担う事業者として適切なのか」(P97右)を、根室線廃止区間の事例を元に、同社(JR北海道)は適切ではない、という意見を述べたいようであります。
ではどこか適切な事業者があるのか、という問いには、著者は「沿線の経営環境がJR北海道以上に恵まれているとは言い難い環境下で、堅調な経営を続けている地方の鉄道事業者」(P98右〜P99左)として「富士急行」(P99左)の名前を具体的に挙げています。
著者によれば、富士急行は「沿線人口は12万人程度であるにも関わらず鉄道ブランドも上手く活用し、株式を東証プライム市場に上場するなど富士急グループ全体で事業部横断的な経営計画を策定し、黒字経営を続けて」(P99左)いるとのことです。
ここで疑問なのが、「富士急行はJR北海道よりも本当に沿線の経営環境が恵まれていないのか?」という点です。
素人的にみても、厳しい気候の中で除雪等の費用も大きい一方、人口希薄な地域を多く抱えてもとより非効率な経営にならざるを得ない地理的構造を抱え、しかも都市間バスやマイカーとの競争に晒され続けているJR北海道よりも、首都圏にほど近い日本を代表する観光地を擁し、国内外からの観光客が潤沢に来訪する富士急行の方が、よっぽど環境が恵まれていると感じるところです。
となると、「沿線環境がJR北海道よりも恵まれていないとは言い難い」(恵まれている)と言えたとしても、「沿線環境がJR北海道よりも恵まれているとは言い難い」(恵まれていない)とは、とても言えないのではないか、と思うわけであります。
勿論、富士急でも観光客に満足して楽しんでもらえるよう、たゆまぬ経営努力を積み重ねていることは確かですし、富士急が豊富な観光資源の上にあぐらをかいているとも、勿論思っていません。
とはいえ、富士急行とJR北海道を比較するのは、上述のとおりあまりにも条件が違いすぎますし、比較の対象としてはもっと環境の近い事業者を挙げるべきなのかも知れませんが、そんな中で富士急行を比較対象として掲げた著者の意図は一体何なのか、これまた疑問に思うわけです。
そもそも、「広大な営業エリア」「厳しい気候」「札幌都市圏への人口集中と他の地域の人口減少」という「北海道」というエリアは、鉄道事業を行うのには厳しい環境ばかりで、たとえどんな事業者であっても相当の苦労が求められるものと、素人的には思うわけですが、そういった点で「適切な事業者」というのは、どういう事業者を想定しているのか、これまた疑問でもあるわけです。
【根本的な疑問…疑問の多い櫛田氏の記事を、なぜ鉄道ジャーナルは掲載したのか?】
以上、櫛田泉氏の記事に対する疑問を、大きく分けて4つの点から述べてみました。
私のような素人から考えても、本稿が色々疑問を突っ込みたい内容の記事であることは、これまで縷々述べてきたとおりです。
ただ、そんな疑問だらけの記事であっても、それを発信すること自体は、表現の自由として批判されることではないと思っています。
勿論、上述のような多くの疑問を抱かざるを得ない文章でありますので、その中身においては、とてもではないが有益な文章ということはできない、という判断を私としてはせざるを得ないわけですが、だからといって、著者の櫛田氏に「こんな文書を書くな」とは言うことはできませんし、言うわけにはいきません。
むしろ今回の疑問は、自身のWebサイトや単著本等、著者本人が全て自らの責任で発信しているわけでなく、「鉄道ジャーナル」という雑誌の一記事として掲載されたことに対してであります。
つまり、このような疑問の多い櫛田氏の記事を、「鉄道ジャーナル」の編集部はどのような意図をもって掲載したのか、というのが、今回のことを通じて私個人としては最も大きな疑問なのであります。
「鉄道ジャーナル」は、表紙に「鉄道の将来を考える専門情報誌」と記されていることから分かるように、鉄道の将来を、専門的に分析し、読者に有益な情報を提供する媒体として、様々なライターが各地の鉄道事情を取材し、分析し、記事化している雑誌であると、私自身は認識しています。
このブログでも、「鉄道ジャーナル」自体をこれまでこのブログで多数ご紹介しており、それぞれの特集記事についても、基本的に肯定的な感想を記してきました。
それはいずれも、編集部が、テーマに則したライターに記事執筆を依頼し、それを受けたライターが読者にとって有益となる質の記事を執筆する、いわば「編集部」と「ライター」の二人三脚で、「鉄道の将来を考える専門情報誌」としての看板を保ってきたからである、と理解しています。
それだけに、今回、このような疑問の多い櫛田氏の記事が掲載されたことに対して、「鉄道ジャーナル」編集部はどういった意図で櫛田氏の執筆依頼、記事掲載を決断したのか、というのが、今回の最も大きな疑問なのであります。
正直、これだけ素人目にも疑問が多い記事を記す櫛田氏を選ぶくらいなら、他にもっと適切なライターは沢山いるのではないか、と思うわけです。
さらに言えば、これだけ突っ込みどころの多い記事でも鉄道ジャーナルに掲載できるのであれば、「自分の記事でも十分掲載できる水準ではないのか?」と思われる方も出てくるのではないか、と思ったりするわけですが、果たして鉄道ジャーナルの編集部は掲載ライターの依頼について、どう考えているか、疑問であります。
この櫛田氏の記事に対しては、SNS上でも色々な意見が出ているようですが、当ブログでは、これまでも「鉄道ジャーナル」の記事をご紹介してきたこともあり、自分自身が感じた「記事」と「編集部」に対する疑問をまとめてみようと思い、今回この記事を記してみました。
長々とまとまりのない文章となりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。
これからも、引き続き「櫛田泉」氏の名前を「鉄道ジャーナル」上で見ることとなるのか、はたまたそうではないのか。
編集部にも寄せられたであろう意見も踏まえて、今後「鉄道ジャーナル」がどのように判断するのか、個人的に注目していきたいと思います。
↓↓鉄道系ブログ・ニュースポータルサイト「鉄道コム」はこちらをクリック↓↓

本号の92ページから99ページまでの8ページを費やして記しているこの記事は、今年(2024年)3月31日をもって廃止となった、根室本線・富良野〜新得間(以下、「根室線廃止区間」。)について、廃止によるネットワーク機能の喪失による問題点を記した記事となっています。
しかし、読み進めるにつれて、何だか私のような素人であっても、色々を疑問を抱かずにはいられませんでした。
またこういった疑問だらけの記事を掲載した「鉄道ジャーナル」の意図にも疑問を感じましたので、以下で書き綴ってみたいと思います。
以下では、本稿の記事を「」内で引用し、()内に引用元であるページ及びブロック(左右)を記しています。なお引用元はいずれも鉄道ジャーナル2024年7月号となります。
また、必要に応じて当ブログの過去記事を引用していますが、これらの過去記事には各事業者の公式Webサイトの発表等へのリンクを記載していますので、公式発表を確認したい際には参考にしてください。
▲根室本線・山部駅(2016年7月、管理人撮影)
【1】「ドライバー不足」に対する疑問
本稿では、「ドライバー不足」という語句が合計で8回(※)出てきます。
(※)P92左(2ヶ所)、P93左、P95右、P96左(2ヶ所)、P96右、P99右
趣旨としては、「ドライバー不足問題が深刻化している中での北海道での相次ぐ鉄道廃止は、北海道民の生活と経済を支える上で問題は無いのであろうか」(P92左)、「バスドライバー不足の問題からバスによる地域交通の持続可能性が不透明な状況」(P96 左)等の記述からあるように、ドライバー不足によりバス・トラックが代替輸送を担えず、それにより利用者や物流に影響を及ぼす、よって根室線廃止区間は廃止すべきではなかった、という趣旨のようです。
確かに、バス・トラックドライバーについては、今年4月より時間外労働の上限規制が施行され、それによりドライバーの従事時間を短縮せざるを得なくなるのは事実でありますし、現に運転士不足で減便等の措置を行っているバス事業者の事例も多数見られます。
阪和線の沿線から : 京阪バス・アルピコ交通で都市間高速バス廃止の動き…「直Q京都号(なんば・USJ〜京阪交野市)」「長野〜松本線」が相次いで廃止に
阪和線の沿線から : 【北陸鉄道・富山地鉄】高速バス「富山−金沢線」廃止(2024.3.15限り)運転士不足による都市間高速バスの廃止がまた明らかに。
ただ、もう少し視野を広げてみますと、残業規制に対応できない原因の根幹である「労働力不足」は、何もトラック・バス業界に限った話では無いと考えられます。
現に鉄道業界でも、地方鉄道の中には運転士不足による減便を余儀なくされている事業者の事例も出てきています。
阪和線の沿線から : 【島原鉄道】鉄道運転士の退職に伴い一部減便を実施(2023.10.16〜12.15の平日)
また、規模の大きなJRグループであってもその事情は共通で、JR西日本ではコロナ禍前の2019年より深夜時間帯の列車見直しを実施し、保守作業の働き手不足に対応しようとしています。
阪和線の沿線から : 【JR西日本】深夜帯ダイヤ見直し実施を発表(2021年春実施予定)近畿エリアで10分〜30分の終電繰り上げを実施
以上のように、「2024年問題」でドライバー不足が叫ばれていることから、今後のドライバー確保に懸念があるのは確かですが、一方鉄道事業者の側でも働き手の確保が課題であるのも、これまた確かだといえます。
しかし、本稿では、バス・トラックドライバー不足のみを取り上げており、仮に根室線廃止区間を存続させた場合の鉄道事業者の働き手の確保については、特に言及がないことから、将来的な鉄道要員の確保は問題が無いのか、無いのはどういった理由なのか、といった点が疑問として残っています。
▲島原鉄道・島原外港(現・島原港)駅(2016年4月、管理人撮影)
【2】「公費負担」に対する疑問
本稿では、輸送密度が低くとも根室線廃止区間とは違って線区を維持している事例として「JR東日本只見線」(P95左)、「オーストリア」(P97左〜右)を挙げています。
まず、只見線については、以下のように記されています。
「しかし、災害運休でバス代行となり著しく利用者を落としていた路線であっても、鉄道復活とともに利用者をV字回復させた只見線などの事例もあり、プロモーション次第では根室本線を復旧させても十分に伸びしろがあったと言える。」(P94右〜P95左)
只見線の事例では、災害(2011年新潟・福島豪雨)で不通となり、その後復旧を果たした会津川口〜只見間は、民営化直後の1987年年度は184人、災害前直近の2007年度は63人と推移してきましたが、上述の豪雨災害で大幅に減少し、運休時の2022年度は12人を記録しました。
しかし復旧後の2022年度は79人と、確かに復旧前よりも大幅に回復していることが分かります。
(参考)
路線別ご利用状況(1987〜2022年度(5年毎))|JR東日本
路線別ご利用状況(2018〜2022年度)|JR東日本
一方で、輸送密度が上述のとおり非常に小さい只見線を復旧させるにあたっては、福島県が第三種鉄道事業者として鉄道施設の維持管理を行う仕組みで復旧されました。
つまり、沿線住民が(利用の少ない)鉄道路線を維持するために公費(税金)を投入することに合意したからこそ、輸送密度の少ない線区でも維持されている、という事実は現に存在しています。
(参考)
阪和線の沿線から : 【JR東日本】只見線(会津川口〜只見間)の鉄道復旧に関する基本合意書及び覚書を締結
次にオーストリアの事例については、以下のように記されています。
「オーストリアでは鉄道全線の維持が基本的な考え方だ。輸送密度が1500人であれば「極めて高い」、500人でも「中程度」と評価されている。さらに、輸送密度が500〜750人の路線に対してはさらなる潜在需要の獲得を促しており、500人を下回る路線であっても「不定期の利用、観光利用を確認する」という基準が設けられており、鉄道の価値を、潜在需要をどう獲得するのか、という視点で見ている点が特徴だ。」(P97左〜右)
輸送密度が500人を下回る路線でも、路線を維持することが基本的な考え方、と著者は記しているようですが(※)、このオーストリアについては、下記の宇都宮浄人氏による論文によりますと、やはり国や地方自治体による財政支援により成り立っていることが分かります。
「オーストリアにおける地域鉄道の財政支援構造」(交通学研究第62号・宇都宮浄人)
結局、輸送密度が低い鉄道を維持していくためには、当該路線の収入だけでは勿論運営費用を賄うことができず、国や地方自治体の公費(税金)を投じる必要があります。
一方、公費(税金)を投じることは即ち、沿線住民や国民の同意が必要であることは言うまでもありませんが、そういった公費負担に対する議論が本稿では全くなされないまま、利用者の少ない鉄道を維持するのが当然、という展開に、これまた私は疑問を感じました。
(※)輸送密度500人を下回る線区で、不定期の利用や観光利用を確認し、やはり潜在需要が乏しいと分析された場合はどうなるのか、という点も触れていない点も疑問として残ります。
【3】「代替ルート」に対する疑問
平時の利用者が少ないのにも関わらず、費用負担の議論なしに路線維持を前提に展開されている点で、上述【2】にも共通するのが、この「代替ルート」に関する論点です。
著者は根室線の部分廃止により、「災害普通時に貨物列車や旅客列車の代替ルートを確保できなくなること」(P96左)を根室線を一部廃止することの懸念点の一つとして記しています(P96左)。
具体的な記述は以下のとおりです。
「石勝線が何らかの原因により不通となった場合は、迂回できるルートがなくなってしまったことから、今後は物理的に貨物列車の運行ができなくなり農産物の出荷自体が困難となることも懸念される。」(P96左)
確かに、新得から札幌方面へ向かう際、これまで富良野経由と新夕張経由と2つのルートがありましたが、今後は新夕張経由のルートしか採ることができなくなりました。
ただ、災害による貨物列車の長期間運休はJR貨物自体も課題と考え、同社では他の事業者との連携による代替輸送体制の構築に力を入れています。
日本通運、JR貨物と「山陽線不通時のトラックによるバックアップ輸送スキーム」を構築 〜BCP対策として災害時の安定した物流サービスを提供〜 | NIPPON EXPRESSホールディングス
災害時の代行輸送力強化に向けた内航船の共同発注について|JR貨物
いくら災害時に鉄道での代替ルートが確保できるとはいっても、平時の利用者が僅少な路線を維持するくらいなら、他の事業者と災害時の代替輸送に関する協力体制を構築しておき、実際に災害による代替輸送が必要な際に協力を求める方が、コスト面はもとより、実現可能性の点でもずっと有利な方法のようにも思えるのですが、そうではなく、あくまで鉄道での迂回でなければならない論調に、疑問を感じたところです。
では仮に、鉄道による「災害不通時の代替ルートの確保」が石勝線・新得〜追分間程度の輸送量で求められるというのであれば、全国にはより輸送量が多い線区は数多く存在しており、それらの線区で全て「鉄道による迂回ルート」を確保しておかなければならない、ということにもなります。
典型的な例を一つ挙げるとなれば、青函トンネル(木古内〜奥津軽いまべつ)が考えられますが、著者の理論でいえば、それこそ「第2青函トンネル」を建設して代替ルートを用意する必要がある、ということにもなりかねませんが、このあたりを著者はどう考えているのか、疑問であります。
なお、著者は、以下の引用のように、北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線(北見〜池田)についても、迂回ルート確保の意見を述べていますが、こちらも同様に、平時はもはや鉄道として維持するだけの輸送量が残っていない路線を、迂回ルートとして維持するのであれば、その維持費用の問題は避けて通れないはずが、その点が全く触れられていないのは、やはり疑問であります。
「2006年までは北見〜池田間に北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線があった。この路線を経由すれば池田まで140.0kmの距離であったが、これが網走、釧路経由となると池田まで326.2kmと3倍近くに延び、車両の回送に大きなロスを生じさせてしまうこととなった。災害時のリスク分散の観点からふるさと銀河線を使える状態で整備しておけば、ザ・ロイヤルエクスプラスの乗客は迂回路線経由で鉄道旅を続けることが出来、貨物列車の運転も可能となっていた。」(P96右)

▲北海道新幹線(津軽海峡線)・青函トンネル入口広場(奥津軽いまべつ〜木古内・2023年9月管理人撮影)
【4】「事業者の適切性」に対する疑問
著者は、本稿を通じて「JR北海道が北海道は鉄道運営を担う事業者として適切なのか」(P97右)を、根室線廃止区間の事例を元に、同社(JR北海道)は適切ではない、という意見を述べたいようであります。
ではどこか適切な事業者があるのか、という問いには、著者は「沿線の経営環境がJR北海道以上に恵まれているとは言い難い環境下で、堅調な経営を続けている地方の鉄道事業者」(P98右〜P99左)として「富士急行」(P99左)の名前を具体的に挙げています。
著者によれば、富士急行は「沿線人口は12万人程度であるにも関わらず鉄道ブランドも上手く活用し、株式を東証プライム市場に上場するなど富士急グループ全体で事業部横断的な経営計画を策定し、黒字経営を続けて」(P99左)いるとのことです。
ここで疑問なのが、「富士急行はJR北海道よりも本当に沿線の経営環境が恵まれていないのか?」という点です。
素人的にみても、厳しい気候の中で除雪等の費用も大きい一方、人口希薄な地域を多く抱えてもとより非効率な経営にならざるを得ない地理的構造を抱え、しかも都市間バスやマイカーとの競争に晒され続けているJR北海道よりも、首都圏にほど近い日本を代表する観光地を擁し、国内外からの観光客が潤沢に来訪する富士急行の方が、よっぽど環境が恵まれていると感じるところです。
となると、「沿線環境がJR北海道よりも恵まれていないとは言い難い」(恵まれている)と言えたとしても、「沿線環境がJR北海道よりも恵まれているとは言い難い」(恵まれていない)とは、とても言えないのではないか、と思うわけであります。
勿論、富士急でも観光客に満足して楽しんでもらえるよう、たゆまぬ経営努力を積み重ねていることは確かですし、富士急が豊富な観光資源の上にあぐらをかいているとも、勿論思っていません。
とはいえ、富士急行とJR北海道を比較するのは、上述のとおりあまりにも条件が違いすぎますし、比較の対象としてはもっと環境の近い事業者を挙げるべきなのかも知れませんが、そんな中で富士急行を比較対象として掲げた著者の意図は一体何なのか、これまた疑問に思うわけです。
そもそも、「広大な営業エリア」「厳しい気候」「札幌都市圏への人口集中と他の地域の人口減少」という「北海道」というエリアは、鉄道事業を行うのには厳しい環境ばかりで、たとえどんな事業者であっても相当の苦労が求められるものと、素人的には思うわけですが、そういった点で「適切な事業者」というのは、どういう事業者を想定しているのか、これまた疑問でもあるわけです。
▲富士急行(現・富士山麓電気鉄道)河口湖駅(2018年1月、管理人により撮影)
【根本的な疑問…疑問の多い櫛田氏の記事を、なぜ鉄道ジャーナルは掲載したのか?】
以上、櫛田泉氏の記事に対する疑問を、大きく分けて4つの点から述べてみました。
私のような素人から考えても、本稿が色々疑問を突っ込みたい内容の記事であることは、これまで縷々述べてきたとおりです。
ただ、そんな疑問だらけの記事であっても、それを発信すること自体は、表現の自由として批判されることではないと思っています。
勿論、上述のような多くの疑問を抱かざるを得ない文章でありますので、その中身においては、とてもではないが有益な文章ということはできない、という判断を私としてはせざるを得ないわけですが、だからといって、著者の櫛田氏に「こんな文書を書くな」とは言うことはできませんし、言うわけにはいきません。
むしろ今回の疑問は、自身のWebサイトや単著本等、著者本人が全て自らの責任で発信しているわけでなく、「鉄道ジャーナル」という雑誌の一記事として掲載されたことに対してであります。
つまり、このような疑問の多い櫛田氏の記事を、「鉄道ジャーナル」の編集部はどのような意図をもって掲載したのか、というのが、今回のことを通じて私個人としては最も大きな疑問なのであります。
「鉄道ジャーナル」は、表紙に「鉄道の将来を考える専門情報誌」と記されていることから分かるように、鉄道の将来を、専門的に分析し、読者に有益な情報を提供する媒体として、様々なライターが各地の鉄道事情を取材し、分析し、記事化している雑誌であると、私自身は認識しています。
このブログでも、「鉄道ジャーナル」自体をこれまでこのブログで多数ご紹介しており、それぞれの特集記事についても、基本的に肯定的な感想を記してきました。
それはいずれも、編集部が、テーマに則したライターに記事執筆を依頼し、それを受けたライターが読者にとって有益となる質の記事を執筆する、いわば「編集部」と「ライター」の二人三脚で、「鉄道の将来を考える専門情報誌」としての看板を保ってきたからである、と理解しています。
それだけに、今回、このような疑問の多い櫛田氏の記事が掲載されたことに対して、「鉄道ジャーナル」編集部はどういった意図で櫛田氏の執筆依頼、記事掲載を決断したのか、というのが、今回の最も大きな疑問なのであります。
正直、これだけ素人目にも疑問が多い記事を記す櫛田氏を選ぶくらいなら、他にもっと適切なライターは沢山いるのではないか、と思うわけです。
さらに言えば、これだけ突っ込みどころの多い記事でも鉄道ジャーナルに掲載できるのであれば、「自分の記事でも十分掲載できる水準ではないのか?」と思われる方も出てくるのではないか、と思ったりするわけですが、果たして鉄道ジャーナルの編集部は掲載ライターの依頼について、どう考えているか、疑問であります。
この櫛田氏の記事に対しては、SNS上でも色々な意見が出ているようですが、当ブログでは、これまでも「鉄道ジャーナル」の記事をご紹介してきたこともあり、自分自身が感じた「記事」と「編集部」に対する疑問をまとめてみようと思い、今回この記事を記してみました。
長々とまとまりのない文章となりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。
これからも、引き続き「櫛田泉」氏の名前を「鉄道ジャーナル」上で見ることとなるのか、はたまたそうではないのか。
編集部にも寄せられたであろう意見も踏まえて、今後「鉄道ジャーナル」がどのように判断するのか、個人的に注目していきたいと思います。
↓↓鉄道系ブログ・ニュースポータルサイト「鉄道コム」はこちらをクリック↓↓
