こちらの記事でご紹介したように、南海電鉄では、旧・泉北高速鉄道の車両の塗装を、南海電鉄のカラーに変更していくことを既に発表しています。
去る8月3日(日)より、南海カラーに変更となった、旧・泉北高速鉄道の5000系(5007F編成)が運行開始していますが、この南海塗装となった5000系に遭遇しましたので、ご紹介します。
難波駅に到着した、南海電鉄カラーの5000系。


見てのとおり、南海カラーとなっていますが、前面の非貫通はまさに、泉北高速鉄道の5000系であります。
難波駅入線時の姿も、動画と画像で記録してみました。

前面非貫通が特徴の5000系に、南海カラーがどのようにマッチするのか、気になるところですが、あまり違和感なく仕上がっているようにも感じました。

側面はこのような感じで、窓の配置などから、南海1000系に似ているようにも感じました。
準急和泉中央行きに充当されていたこの編成に、堺東駅まで乗車します。

▲堺東駅に停車中の南海塗装の5000系。
以上が、南海電鉄カラーに変更された、旧・泉北高速鉄道の5000系の様子でありました。
既に運用開始から数日経っているものの、まだ物珍しいこともあってか、停車中の様子を撮影するファンの姿を少なからず見かけました。
今後、現在旧・泉北カラーとなっている車両も、順次この南海カラーに変更されていきますので、もうしばらくすると、旧・泉北カラーの方が貴重となってくる日がやってくることでしょう。
合併から4ヶ月が経過し、「南海泉北線」の呼称も少しずつ定着してきているように感じていますが、車両カラーの変更は、一般の利用者にとっても目に見える所でもありますので、泉北線が南海電鉄の路線になったことを、より一層印象づけることになるのではないのでしょうか。
ファン的な視点から見ますと、7000系、7020系といった泉北高速鉄道オリジナルの車両が、南海カラーになった際の姿がどんなものになるのか、気になるところではありますので、そういった姿も今後ご紹介していきたいな、と思います。
ともあれ、私が幼少の頃から大学卒業まで住んでいた泉北高速鉄道の車両カラーがこのような形で消えていくことに、若干の寂しさは感じつつも、それ以上に南海電鉄の一路線として、沿線の更なる発展を期待したいな、という気持ちも同時に抱いています。
そういう意味で、徐々に変わっていく「泉北高速鉄道」の記憶を、可能な限り記録していきたいな、と感じています。
去る8月3日(日)より、南海カラーに変更となった、旧・泉北高速鉄道の5000系(5007F編成)が運行開始していますが、この南海塗装となった5000系に遭遇しましたので、ご紹介します。
難波駅に到着した、南海電鉄カラーの5000系。


見てのとおり、南海カラーとなっていますが、前面の非貫通はまさに、泉北高速鉄道の5000系であります。
難波駅入線時の姿も、動画と画像で記録してみました。

南海カラーに変更された旧・泉北高速鉄道5000系の入線の様子です。 pic.twitter.com/qkr8UhFsgt
— 「阪和線の沿線から」ブログ (@hanwasen_ensen) August 6, 2025
前面非貫通が特徴の5000系に、南海カラーがどのようにマッチするのか、気になるところですが、あまり違和感なく仕上がっているようにも感じました。

側面はこのような感じで、窓の配置などから、南海1000系に似ているようにも感じました。
準急和泉中央行きに充当されていたこの編成に、堺東駅まで乗車します。

▲堺東駅に停車中の南海塗装の5000系。
以上が、南海電鉄カラーに変更された、旧・泉北高速鉄道の5000系の様子でありました。
既に運用開始から数日経っているものの、まだ物珍しいこともあってか、停車中の様子を撮影するファンの姿を少なからず見かけました。
今後、現在旧・泉北カラーとなっている車両も、順次この南海カラーに変更されていきますので、もうしばらくすると、旧・泉北カラーの方が貴重となってくる日がやってくることでしょう。
合併から4ヶ月が経過し、「南海泉北線」の呼称も少しずつ定着してきているように感じていますが、車両カラーの変更は、一般の利用者にとっても目に見える所でもありますので、泉北線が南海電鉄の路線になったことを、より一層印象づけることになるのではないのでしょうか。
ファン的な視点から見ますと、7000系、7020系といった泉北高速鉄道オリジナルの車両が、南海カラーになった際の姿がどんなものになるのか、気になるところではありますので、そういった姿も今後ご紹介していきたいな、と思います。
ともあれ、私が幼少の頃から大学卒業まで住んでいた泉北高速鉄道の車両カラーがこのような形で消えていくことに、若干の寂しさは感じつつも、それ以上に南海電鉄の一路線として、沿線の更なる発展を期待したいな、という気持ちも同時に抱いています。
そういう意味で、徐々に変わっていく「泉北高速鉄道」の記憶を、可能な限り記録していきたいな、と感じています。






























































