本日(2021年3月11日)で、東日本大震災の発生から10年を迎えることとなりました。
東北地方の太平洋沿岸一帯を襲った津波では、一瞬にして多くの生命と財産を奪い、そしてその津波により発生した福島第一原子力発電所の事故では、放射性物質の放出によって、これまで住んでいた場所に戻ることすら許されない状況となりました。
それから10年、節目の年ということもあり、マスコミでは例年以上に東日本大震災の特集を行っているような感じも受けます。
確かに10年という区切りであることから、殊更注目を集める今回の3月11日でありますが、こと当ブログで取り上げている鉄道関係では、むしろ昨年の2020年3月が、震災からの区切りの年であったのかな、と個人的には思っています。
というのも、昨年の3月には、常磐線が富岡〜浪江間の運行再開により全線で運転が再開されたこと、そして気仙沼線と大船渡線のBRT区間が鉄道事業法上廃止となったことにより、東日本大震災で被災した鉄道路線の復旧に、何らかの決着がついた年でありました。
昨年の記事をご覧いただければと思いますが、震災からの復旧では、現状通りの復旧となった線区のみならず、新しいルートに変更された線区や営業主体が変わった線区、そして鉄道からバスに転用された線区と、その復旧形態は様々なものでありました。
それぞれの線区では、それぞれの事情などにより復旧方法が選択されたわけですから、その一つ一つの判断を、沿線外の第三者が論評するのは、とてもじゃないけどおこがましいことだと、個人的には感じています。
それよりも沿線外の第三者としてできることは、そうした過程を通じて復旧した線区を再び訪問し、現在の姿を肌で感じ、そして多くの人々に広めることなのではないか、と感じている次第です。
東日本大震災以降も、自然災害により被災する鉄道は後を絶ちません。
特に近年は「ゲリラ豪雨」とも称される大雨による災害で、鉄道路線が被害し、その復旧に多額の費用が必要となることから、線区の存廃問題に発展するケースが少なくありません。
一方で、東日本大震災を契機に、被災した鉄道の復旧に対する公的資金の必要性も認識され、その後甚大な被害を受けた線区であっても公的資金による復旧が採られる線区が出てきていることは、喜ばしい限りです。
自然災害は、特に我が国のような地震大国では、避けて通ることができません。
自然災害に遭わないことは無理だとしても、自然災害からの被害を抑えることは、我々の知恵で可能ですし、不幸にも自然災害の被害を受けた際に、より迅速に復旧できる仕組みを作っておくこともまた、我々の知恵で成すことができるものであります。
本日の10周年を機に、そういった仕組みを、特に鉄道に関しては被災後の復旧という観点から、沿線自治体などで準備しておく必要性は、改めて認識しておきたいところでもあります。
当ブログでも、東日本大震災の発生した日には、改めて振り返る記事を書いてきました。
昨年の震災から9年で、被災線区の動向に決着がついたことから、今後震災復旧関係で新たな情報を取り上げることは出てこないのではないか、と思っています。
しかし、今後も被災地の鉄道は動き続けるわけで、その話題は引き続き当ブログでも取り上げていきたいと思います。
最後になりましたが、東日本大震災で犠牲となった方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々の生活再建、そして被災地の復興を心からお祈りいたします。
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東北地方の太平洋沿岸一帯を襲った津波では、一瞬にして多くの生命と財産を奪い、そしてその津波により発生した福島第一原子力発電所の事故では、放射性物質の放出によって、これまで住んでいた場所に戻ることすら許されない状況となりました。
それから10年、節目の年ということもあり、マスコミでは例年以上に東日本大震災の特集を行っているような感じも受けます。
確かに10年という区切りであることから、殊更注目を集める今回の3月11日でありますが、こと当ブログで取り上げている鉄道関係では、むしろ昨年の2020年3月が、震災からの区切りの年であったのかな、と個人的には思っています。
というのも、昨年の3月には、常磐線が富岡〜浪江間の運行再開により全線で運転が再開されたこと、そして気仙沼線と大船渡線のBRT区間が鉄道事業法上廃止となったことにより、東日本大震災で被災した鉄道路線の復旧に、何らかの決着がついた年でありました。
昨年の記事をご覧いただければと思いますが、震災からの復旧では、現状通りの復旧となった線区のみならず、新しいルートに変更された線区や営業主体が変わった線区、そして鉄道からバスに転用された線区と、その復旧形態は様々なものでありました。
それぞれの線区では、それぞれの事情などにより復旧方法が選択されたわけですから、その一つ一つの判断を、沿線外の第三者が論評するのは、とてもじゃないけどおこがましいことだと、個人的には感じています。
それよりも沿線外の第三者としてできることは、そうした過程を通じて復旧した線区を再び訪問し、現在の姿を肌で感じ、そして多くの人々に広めることなのではないか、と感じている次第です。
東日本大震災以降も、自然災害により被災する鉄道は後を絶ちません。
特に近年は「ゲリラ豪雨」とも称される大雨による災害で、鉄道路線が被害し、その復旧に多額の費用が必要となることから、線区の存廃問題に発展するケースが少なくありません。
一方で、東日本大震災を契機に、被災した鉄道の復旧に対する公的資金の必要性も認識され、その後甚大な被害を受けた線区であっても公的資金による復旧が採られる線区が出てきていることは、喜ばしい限りです。
自然災害は、特に我が国のような地震大国では、避けて通ることができません。
自然災害に遭わないことは無理だとしても、自然災害からの被害を抑えることは、我々の知恵で可能ですし、不幸にも自然災害の被害を受けた際に、より迅速に復旧できる仕組みを作っておくこともまた、我々の知恵で成すことができるものであります。
本日の10周年を機に、そういった仕組みを、特に鉄道に関しては被災後の復旧という観点から、沿線自治体などで準備しておく必要性は、改めて認識しておきたいところでもあります。
当ブログでも、東日本大震災の発生した日には、改めて振り返る記事を書いてきました。
昨年の震災から9年で、被災線区の動向に決着がついたことから、今後震災復旧関係で新たな情報を取り上げることは出てこないのではないか、と思っています。
しかし、今後も被災地の鉄道は動き続けるわけで、その話題は引き続き当ブログでも取り上げていきたいと思います。
最後になりましたが、東日本大震災で犠牲となった方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々の生活再建、そして被災地の復興を心からお祈りいたします。
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