えちぜん鉄道
その1からの続きで、えちぜん鉄道三国芦原線に折り返し乗車します。
11時39分発の福井行き。車両は折り返しのMC5001です。
三国港出発時には数人しか乗客はいませんでしたが、三国・あわら湯のまちと進むに連れて、乗客は徐々に増加していきます。
途中からは立ち客も発生し、1両編成の列車ではありますが、それなりに賑わってきました。
途中から乗車してきた高校生が、アテンダントさんから乗車券を購入するのですが、どうやら映画館に行くような感じだったので、先の福井鉄道でご紹介した映画館の割引券を勧められて、結局それを購入してました。
えちぜん鉄道の場合、発駅と福井駅との往復乗車券を購入し、映画館で往復乗車券の復路券を提示すると映画鑑賞料金が割引になる、そのような制度となっているようです。
この割引自体も、公共交通の利用促進と中心街の活性化を両立させる一つの方策ではあるのですが、こういう方策が実際利用されるかどうか、という点でもアテンダントの存在は大きな役割を果たしている、といえるでしょう。
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11時39分発の福井行き。車両は折り返しのMC5001です。
三国港出発時には数人しか乗客はいませんでしたが、三国・あわら湯のまちと進むに連れて、乗客は徐々に増加していきます。
途中からは立ち客も発生し、1両編成の列車ではありますが、それなりに賑わってきました。
途中から乗車してきた高校生が、アテンダントさんから乗車券を購入するのですが、どうやら映画館に行くような感じだったので、先の福井鉄道でご紹介した映画館の割引券を勧められて、結局それを購入してました。
えちぜん鉄道の場合、発駅と福井駅との往復乗車券を購入し、映画館で往復乗車券の復路券を提示すると映画鑑賞料金が割引になる、そのような制度となっているようです。
この割引自体も、公共交通の利用促進と中心街の活性化を両立させる一つの方策ではあるのですが、こういう方策が実際利用されるかどうか、という点でもアテンダントの存在は大きな役割を果たしている、といえるでしょう。
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福井鉄道のエントリーの続きで、田原町からえちぜん鉄道三国芦原線に乗車します。
えちぜん鉄道は、以前の京福電鉄三国線・越前本線を引き継いで運行している第3セクター鉄道です。
えちぜん鉄道が設立されたきっかけは、京福電鉄が平成12年・13年に立て続けに正面衝突事故を起こしたことにあります。この正面衝突事故を起こして福井県内の京福電鉄では全線での運行停止措置が発せられ、安全対策をなされることが求められたのですが、従前より全線廃止を提案せざるを得なかった京福の経営状況から見て安全対策への投資が難しく、京福としては営業の継続を断念することとなりました。元・京福電鉄の路線は代行バスによる運行となりました。
しかし、積雪の多い福井市周辺では、特に道路の混雑が鉄道休止により拍車がかかり、代行バスがダイヤ通りに走らない、また自家用車でさえも京福運行時に比べて移動が困難になる、所謂交通マヒの状態が発生しました。
つまり、鉄道会社そのものは赤字で運営できないレベルであったとしても、それは社会的に見て便益が無いわけでは決してない。社会的に有益で必要なものであること、たとえ赤字であっても必要な鉄道路線であったことが、これらの路線の運休によって明らかになりました。また、そのことを主に沿線住民は身をもって体験することに、またより広い意味で言えば、壮大な社会実験となってしまったのでした。
こういった状態から、鉄道をこのまま廃止するわけにはいかない。しかし京福電鉄も営業が引き継げない。そこで、沿線自治体が主に出資を行った第3セクター鉄道として設立されたのがこのえちぜん鉄道です。
えちぜん鉄道は平成14年に設立され、翌平成15年7月より一部区間で運行を再開し、同年中に全線で運行を再開することとなりました。
運行再開時に、えちぜん鉄道として新たな取組(それは他の鉄道会社でも珍しいものでしたが)を幾つか導入しています。ここからの乗車記ではその辺りにも触れることができれば、と思います。
前置きが長くなってしまいましたが、いよいよえちぜん鉄道に乗車します。
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えちぜん鉄道は、以前の京福電鉄三国線・越前本線を引き継いで運行している第3セクター鉄道です。
えちぜん鉄道が設立されたきっかけは、京福電鉄が平成12年・13年に立て続けに正面衝突事故を起こしたことにあります。この正面衝突事故を起こして福井県内の京福電鉄では全線での運行停止措置が発せられ、安全対策をなされることが求められたのですが、従前より全線廃止を提案せざるを得なかった京福の経営状況から見て安全対策への投資が難しく、京福としては営業の継続を断念することとなりました。元・京福電鉄の路線は代行バスによる運行となりました。
しかし、積雪の多い福井市周辺では、特に道路の混雑が鉄道休止により拍車がかかり、代行バスがダイヤ通りに走らない、また自家用車でさえも京福運行時に比べて移動が困難になる、所謂交通マヒの状態が発生しました。
つまり、鉄道会社そのものは赤字で運営できないレベルであったとしても、それは社会的に見て便益が無いわけでは決してない。社会的に有益で必要なものであること、たとえ赤字であっても必要な鉄道路線であったことが、これらの路線の運休によって明らかになりました。また、そのことを主に沿線住民は身をもって体験することに、またより広い意味で言えば、壮大な社会実験となってしまったのでした。
こういった状態から、鉄道をこのまま廃止するわけにはいかない。しかし京福電鉄も営業が引き継げない。そこで、沿線自治体が主に出資を行った第3セクター鉄道として設立されたのがこのえちぜん鉄道です。
えちぜん鉄道は平成14年に設立され、翌平成15年7月より一部区間で運行を再開し、同年中に全線で運行を再開することとなりました。
運行再開時に、えちぜん鉄道として新たな取組(それは他の鉄道会社でも珍しいものでしたが)を幾つか導入しています。ここからの乗車記ではその辺りにも触れることができれば、と思います。
前置きが長くなってしまいましたが、いよいよえちぜん鉄道に乗車します。
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